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【SSのプロフェッショナル】無理なく仕事を続けて経験を生かす――清水さん(68)

2019年03月25日 カテゴリー:雑記


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日産一筋、42年。埼玉県内のガソリンスタンドに勤務する清水さん(68)は、定年を迎えるまでずっと日産自動車に勤務し、さまざまな人気車種の製造やセールスに携わってきました。その経験と資格を生かし、「お客さまの困りごとに親身に対応する」スタイルで活躍しています。

 

車社会の進化に立ち会い続けてきた清水さん。そのキャリアや、ガソリンスタンドで働き続ける理由、今後の展望などを教えていただきました!

 

(プロフィール)

清水 実(しみず・みのる)さん。1949(昭和24)年生まれ。1968年に日産自動車株式会社入社。車軸関連部品の製造を皮切りに、販売店でのセールス、同社での新規事業だった荷役自動車の生産体制構築など、幅広い業務に携わる。2009年に日産を定年退職した後、株式会社ディーラウンドを通じてガソリンスタンド勤務を続けている。趣味はボーリング。

 

 

■靴底をすり減らす営業現場から、新規事業の導入まで

――清水さんは定年退職するまで、42年間にわたって日産で勤務されていたとうかがいました。

 

高校卒業後、18歳で入社しました。当時は「サニー」や「ブルーバード」、「スカイライン」といった車種が市場を席巻していましたね。しばらくして「チェリー」という新たな人気車種も登場しました。初代チェリーの独特なデザインは、今見ても新鮮です。そんな時代に日産へ入り、車軸関係の部品を製造する仕事からスタートしました。

 

――ずっと製造畑を歩んでこられたのですか?

 

いえ、一時期はセールスの仕事もしていましたよ。日産では販売店への出向制度があり、直にお客さまと接し、市場のニーズを勉強するために販売現場へ行くんです。それで26歳の頃は、生まれ故郷に近い大分県の販売店に出向していました。毎日靴底をすり減らしながら街を歩き、家に駐車されている車のステッカーを見て、車検時期が近づいている車があれば「見込み客」としてリストアップしましたね。

 

――地道な営業活動ですね……。

 

当時は店舗でお客さまを待っているだけではなく、自分で訪ね歩くスタイルが当たり前でした。それだけではなく、地域のおばあちゃんの買い物を手伝ったり、おじいちゃんの釣りに付き合ったりと、お役に立てそうなことがあれば何でもやりました。とある大企業の部長さんと仲良くなり、芋づる式にどんどんお客さまを紹介してもらったこともありましたね。

 

――日産時代は、他にどのような仕事を経験されたのですか?

 

思い出に残っているのは「フォークリフト生産」の導入に携わったことですね。あまり知られていませんが、かつて日産では工場や倉庫で使われるフォークリフトを製造していたんです。その事業が新たに始まるタイミングで、私は社外の工場へ出向いて生産体制を学び、自社に導入するという仕事を担当しました。同じチームに70名近くの仲間がいて、活気のあるプロジェクトのスタートでした。

 

図2

 

■「みんなのあこがれ」だった日産車たち

――長くともに歩んできた日産の車たちの中で、清水さんが特に思い出に残っている車種は何ですか?

 

1980年代に発売された「バネットラルゴ」でしょうか。今で言うワンボックスカーで、最大8人が乗れました。私が特に気に入っていたのは大きなパノラマルーフがあることです。屋根を開け、子どもたちを連れて家族みんなで海へ出かけていました。バネットラルゴは、昭和の終わり頃の大人気車種だったんですよ。他にもたくさんの愛車のお世話になりました。

 

――まさに、歴史に残る車たちを間近で見てきたわけですね。

 

そうですね。1969年に、日産がタイアップして『栄光への5000キロ』という映画が作られたんです。主演の石原裕次郎さんが乗った「ダットサン・ブルーバード」はものすごい人気でした。あとは、日産でいちばん売れた車種のひとつと言えば、やはりスカイラインでしょうか。昔の若い人の間では、スカイラインに乗るのが一種のステータスだったんですよ。最近のスカイラインは尖った部分が少し減ってしまいましたが(笑)。

 

――車が「みんなのあこがれ」だった時代ですね。

 

はい。最近はSUVブームなどもありますが、やはり売れ筋と言えば軽自動車のようですね。日本で一番販売台数が多いのは普通車が常でしたが、最近では逆転しています。何しろ税金が安いし、年間の維持費もずいぶん違うから、今の若い人たちが軽に乗るのはわかる気がします。むしろ車のある暮らしを思い切り楽しむことができた私たちの世代は、幸せだったのかもしれませんね。

 

■燃費向上のコツは「一定の経済速度」

――清水さんにぜひお聞きしたいのが「燃費向上のコツ」です。

 

速度を上げたり下げたりせず、ずっと保っていくことが大事です。スピードを一定にすればエンジンへの負担が少なく、燃料消費も少なくなる。高速道路の場合は80〜100kmでスピードを保つのが一番ですね。市街地走行の場合も同様です。

 

――大切なのは「運転の仕方」だということですね。

 

はい。最近のハイブリッド車でも、一定走行は大事です。車そのものの燃費性能はみんな気にしますが、「どんな運転をすべきか」に気を配っている人は少ないかもしれません。急発進、急加速、急減速を避けるのは、安全面でも重要です。速度の上下が大きいと視線がちらつき、安全面でも悪影響ですからね。私自身は、例外的に停車中の車に自転車でぶつかられたこと以外は、これまでずっと無事故です。燃費向上につながる経済速度で走っていることが大きな要因だと思っています。

 

図3

 

■困ったときに頼りやすい存在として

――定年退職後にガソリンスタンドで働くことを決めたのはなぜでしょうか?

 

60歳の定年まで、まるまる日産に勤めて、「65歳まで延長してもいいよ」という声もかけてもらっていましたが辞退しました。「もうゆっくりしたいな」と思ったんです(笑)。それで1年ほど、のんびり過ごしていたんですが、塗装や溶接、整備士などの資格や経験をまた生かしてみたいと思うようになりました。そうした資格の中には、5万ボルトの電圧の中で静電塗装に関わるための「危険物取扱資格者」もありました。これがあればガソリンスタンドで生かせるじゃないかと。

 

――深夜勤務の仕事を選んだのはどうしてですか?

 

60歳を超えると、さすがに視力が落ちてきます。車のエンジンはどんどん進化しているので、こまかい作業や慣れない部品に対応するのは大変でもあります。でも深夜のガソリンスタンドなら、無理をしない範囲で経験や知識を生かせると思いました。実際に仕事を始めてみると、お客さまからはいろいろなご相談をいただくんですよ。「給油口の開け方がわからないから教えてくれないか」という方も多いです。どんな車でも、見ればだいたい分かるし、何かを相談されれば何とか応えられる。そうやって頼りにしてもらえるのはうれしいですね。

 

――立ち寄ったガソリンスタンドに、清水さんのような経験豊富な方がいらっしゃるのはありがたいでしょうね。

 

ちょっとしたトラブルを抱えて立ち寄る方も少なくないですからね。バイクのお客さまから「チェーンがおかしいので見てもらえないか」と言われたり、トラックのお客さまから「この車、軽油かな? レギュラーかな?」と聞かれたり。車検証を一緒に見て確認することもあります。最近はカーシェアなどで初めて乗る車を運転する機会も多いですよね。意外と基本的なことが分からなくなるものです。困ったときに、街でいちばん頼りやすいのがガソリンスタンドでしょう。私たちも対応するからには、間違いのない作業をしなければいけないし、言ったことには責任を持たなきゃいけない。そんな責任感もありますよ。

 

――最後に、これからの目標を教えてください。

 

働き続けられる限りは、ガソリンスタンドでの仕事を続けたいですね。いろいろなお客さま、いろいろな車に出会えるのが面白いです。家にずっといると社会との接触も限られてしまい、刺激がありません。同年代の仲間はもう働いていない人も多いのですが、私はできる限り頑張りたいと思っています。

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